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和泉町の和泉手延そうめん誕生のよもやま話

安城市は昔、日本のデンマ-クと地理の教科書に記載されていたほどの知る人ぞ知る農業都市です。明治用水発起の都築弥厚もこの地の方です。明治用水により豊かな農業が営まれ、戦後、明治用水はこの地に車産業を主とする工業都市をも誕生させました。戦後しばらく、農業以外に雇用がないため、農家は農閑期に副業として、そうめんを農家の自宅の広い庭で作り始めていたようです。私が幼少の頃に、友達の家に遊びに行くと、庭一面にそうめんが干してあるのを見かけたものです。その後この地は大小の車関連の企業が興り、農閑期にも雇用の口は沢山有るようになったが、専業農家は雇用されるのも躊躇、さりとて農業だけでは収入は充分ではない。そして、先見の明のある農家が副業を本業に、本業を副業にしたほうが収入が多いことに気づき、やがてこの地に、手延そうめんを本業とする手延のそ-めん屋が乱立(といっても10店舗もないが)するようなったようです。ただし、素麺屋さんのHPを読むと、起源は江戸時代まで遡るようです。江戸時代には製氷なんて真夏には出来なかっただろうから、庶民は冷たい井戸水で冷やしてそうめんを食べたのかな?

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